今回は、身長156cmのインテリアエディターが、実際に見て・触れて・座ってレポートする連載企画の番外編。今年6月12日〜14日にデンマークの首都・コペンハーゲンで行われたデザインイベント「スリー デイズ オブ デザイン(3daysofdesign)」で改めて実感したのは、北欧デザインの普遍的な魅力でした。
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現地で見受けられたのは、「家具を通じてよりよい暮らしを実現しよう」というメッセージと、堅牢な作りと美しいデザインを実現するクラフトマンシップを大切にしている様子。なかでも印象に残ったのは、自社でクラフトマンシップ育成プログラムを実施している「カール・ハンセン&サン」の展示でした。
同社を代表する世界中で愛されている“Yチェア”こと『CH24』は、デンマーク本国の次に日本で一番売れています。そこでクラフトマンシップの取り組みを深掘りしに、デンマーク・フュン島にあるゲルステッドに拠点を置く「カール・ハンセン&サン」の工場を訪問してきました。
日本の暮らしにも好相性!デンマーク家具が人気の理由
北欧デザインのなかでも無垢材やペーパーコードなど手仕事で仕上げたオーセンティックなデンマーク家具は、木造建築の梁材や畳や籐家具など和の空間とも相性抜群! 日本の職人技に通じるクラフトマンシップへの敬意も私たちのDNAに響くものがあります。サイズも大きすぎず日本の暮らしにも比較的なじみやすいのも、人気の理由です。
また、昨今世界的に人気のインテリアスタイルのひとつに、海外から見た日本らしさのイメージ“禅的な世界観”と北欧のミニマリズムを融合させた「ジャンパンディ」があります。木や土や紙や鉄などの天然素材を用いた手仕事の温かみが残る家具や照明を用い、素材のナチュラルな色を生かし余計なものを置かない静謐さが大きな特徴です。
機械加工と手仕事のバランス感覚に優れた「カール・ハンセン&サン」
「カール・ハンセン&サン」は、1908年に創業された歴史あるデンマーク王室御用達の家具メーカー。ハンス・ウェグナーやオーレ・ヴァンシャー、ヴィルヘルム・ラウリッツェンをはじめとするデンマークの巨匠や、日本人建築家の安藤忠雄などと国をまたいで協働し、巧みな機械加工とデンマークを代表するクラフトマンシップを生かしたものづくりとデザイン性の高さが評判です。
日本でも人気のある“Yチェア”こと『CH24』はこのメーカーによるもの。そのデザインルーツは中国の明代の椅子といわれていて、日本人に好かれ日本のインテリアによくマッチするのはルーツが東洋だということもあるかもしれませんね。
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また、「カール・ハンセン&サン」はデンマーク国内で生産を続けている数少ない家具メーカーでもあり、デンマーク中央部に位置するフュン島の街、ゲルステッドにある工場は、北欧で最も近代的な家具製作所のひとつです。
床面積60000平米の自然光が差し込む明るい空間で、男女比がほぼ同等の従業員が働いています。工場内にはオーナー夫妻も一緒にテーブルを囲む、手作りの料理が並ぶバイキング形式の社員食堂や体を鍛える設備が完備されています。
機械がやれるところは任せ、風合いや温かみは手仕事で仕上げる
“Yチェア”は、環境に優しい最高品質の材料を用いた、手工芸的な暖かさや温もりを感じるデザインが魅力です。物資が少なかった戦後に小さな木材から作れるような部材の組み合わせで考えられました。福祉国家で人件費の高いデンマーク国内で生産しても、市場で手に届く価格帯に収まるよう、機械加工と手作業がバランスよく用いられて、この価格帯が実現しています。
同じ工程でも、機械にどのように木材パーツを当てるかなどは職人さんによってやり方が異なるため、組み立ては一人が最初から最後まで行うスタイル。製品としては同じサイズやクオリティにする必要があるため、数種類の木枠に当てて物理的にひとつずつ精査していました。また、個人ロッカーにはクオリティに関するチェックポイントの記載された分厚い書類があり、月一回、必ず目を通す時間が設けられているのだそうです。
また、アイコニックなYの形を描く背板の根元には刻印があり、誰がいつ組み立てたものかがひとつずつわかるように。品質管理への責任感と職人さんのプライドが現れていると感じました。
1日5脚しか編めないペーパーコードの座面は、日本にもリペア職人が!
“Yチェア” 1脚につき150m必要とするペーパーコードは、樹脂をしみ込ませた紙を3本よって作られています。編み職人になるには、研修期間中に製品クオリティを満たした座面を、1日のうちに5脚ぶん編めるようになる必要があります。
なお、日本には座面の張り替えを行うための編み職人がいるため、本国に送り返すことなく国内で張り替えが可能です。というのも、日本はデンマークに次いで“Yチェア”の販売数が多い国なのだそう。こういったメンテナンスも含むサステイナブルな活動は、私たち生活者にとって非常に大切ですよね。
伝統から学び、創造的な職人を育成するプログラム「ザ・ラボ」
人の手でしか作り出せない風合いや仕上げを実現できる熟練工を抱えることは、高まる需要に応える生産体制を整えるために非常に重要です。デンマークでは国をあげて職人を育てるマイスター制度があり、高い技術をもつ職人を数多く輩出してきましたが、時代の波もあり現在では若者が最もなりたくない職業のひとつに「家具職人」が挙げられるのだとか。
そこでデンマークの伝統やクラフツマンシップを未来に継承するためには、熟練工を新たに育てる取り組みが欠かせないと考えた「カール・ハンセン&サン」では、過去から学び創り出す感性の部分を磨く場として、「ザ・ラボ(THE LAB)」アプレンティス ワークショップというプログラムを自社で実施しています。
アプレンティス(見習い工)は、伝統的な家具の作りを実践で学んだのち、生産現場で実践的なトレーニングを受けると同時に高等専門学校に通い、修了試験を受けます。高度な技術をもったアプレンティスが全工程を手がけたのが、カーブを多用した新作のベッド『Spherical』です。
「スリー デイズ オブ デザイン」でもクラフトマンシップ継承の意志が
「スリー デイズ オブ デザイン」期間中、目抜き通りのなかでもとりわけ賑わいを見せていた「カール・ハンセン&サン」の旗艦店では、よく目のつく場所に上でご紹介した『Spherical』ベッドを展示。
イベント期間中に毎日ショールームの前を通って目にするたび、ベッドを近くで見守り意見を聞くスタッフの様子に、同社のクラフトマンシップへの誇りをひしひしと感じました。
材料を余すことなく大切に使った直営インテリア雑貨ショップも必見!
家具の製造段階でどうしても生じる端材は、大きめのものはカッティングボードやプレートなどインテリア小物に加工して自社の小物専門店で販売しています。それよりも細かい木片やおがくずは地元ゲルステッドの地域暖房設備の燃料として、「カール・ハンセン&サン」の工場や地域400世帯以上の暖房設備の暖房の燃料として使われて地域に還元しています。
北欧では長い冬を家の中で快適に過ごすためにインテリアに情熱を多く注ぎます。誰かの手によって作られた特別な家具でゆったりと過ごす時間をとても大切にしていることが、今回の取材でよくわかりました。いつかは手に入れたい憧れのメーカーの工場で作られたインテリアアクセサリーをまずは手にして、毎日使ってみる喜びを味わってみるのもおすすめです。
今回は、北欧デザインの魅力と日本でも人気のブランド「カール・ハンセン&サン」についてお届けしました。ぜひ一度東京のショールームに足を運んでその仕上がりの美しさに触れ、自分にとっての特別な一脚を探しに行ってみてはいかがでしょうか?
・「ハンス・ウェグナーの椅子100」織田憲嗣著/2002/平凡社
・「ポール・ケアホルム 時代を超えたミニマリズム」 アンヌ・ルイーズ・サマー、織田憲嗣、岡本周、川北裕子著/2024/青幻